大動脈弁位置埋込み軸流補助人工心臓(Valvo Pump)の開発

大動脈弁位置埋込み軸流補助人工心臓(Valvo Pump)は,1989年に提唱した新しい補助人工心臓で,今日に重症心不全患者を対象に世界で20000人の人が使っているHeartMate2などの補助人工心臓と比較し,人工心臓が体内で占める大きさが小さいため,患者の負担が小さく,血栓形成の可能性も低くなるメリットがあります.また一般的な大動脈弁置換術と同じ手技で人工心臓を埋め込むことができ,現在臨床で使われている補助人工心臓より手術の患者負担が小さいというメリットがあります.

 この大動脈弁位置埋込み式補助人工心臓の開発を我々は1989年より開始し,我々以外に中国のQianらが2005年頃に開発を試みましたが,未だ完成できていません.今日では,我々以外に,臨床で使われいるJarvik2000を開発したJarvik Heart社と,英国・ケンブリッジ大学がそれぞれ同様の補助人工心臓の開発を行っています.

我々が現在開発している最新版のValvo Pump(Valvo Pump2)は,今日の人工心臓技術の最先端である第三世代人工心臓に属し,血液中でインペラが非接触に回転するもので,Heart Mate2やJarvik2000が属する第二世代人工心臓より優れた性能を有しています.現在のモデルの大きさは半径33mm,長さが50mmで,重症心不全の患者の循環機能を代行できるポンプ性能を有しています.

2014年の段階で,東北大学加齢医学研究所にて山羊を用いた動物実験を一例行いました.山羊の下行大動脈にこのValvo PumpⅡを装着し循環補助を試みたところ,Heart Mate2やJarvik2000は心臓が作り出す拍動成分が減少するのに対し,Valvo PumpⅡは,心臓が作り出す拍動流成分をそのままの大きさに維持してポンプ下流に流すことができ,末梢臓器の血流改善に優れた効果があることが分かりました.現在,さらなる小型化をめざし開発を進めています.

現在の私の研究室のテーマは,"人工心臓はどこまで小型化できるか",ということです.すなわち,日本では高齢化が進み,高齢の重症心不全患者の数が増えていますが,現在に臨床で使用されている補助人工心臓は,その埋込み手術の侵襲が大きいという課題があり,手術の侵襲が小さい人工心臓が期待されています.
また,小児用補助人工心臓は世界的に開発が期待されていることより,人工心臓の小型化は重要なテーマになっています.
そこで,上記のValvo Pump2の動物実験結果を受け,さらに小型・高性能化にしたものがValvo pump3で,通常の軸流型補助人工心臓と異なり,インペラがモータの後ろにあることが特徴です.

左上の写真は,このValvo Pump3の試作バージョン,左下は試作バージョンを小型化です.
左上の写真の試作バージョンとともに写っているのが,2019年現在に米国で臨床試験中のJarvik2015で,主に小児用補助心臓として期待されています.試作Valvo Pump3は長さはJarvik2015(直径15mm)とほぼ同じで,直径が4mmほど大きいです.その分,試作Valvo Pump3の方が,2L/分ほど流量が多く出すことができ,大人の循環補助が可能な性能を持っています.
この試作Valvo Pump3を小型化したものが左下の写真で,直径が12mmでJarvik2015より小さく,ポンプ性能はJarvik2015と同等です.
最終的には,右図にあるようにカテーテルで装着できる補助人工心臓を目指して研究をしています.
 米国では,大学やベンチャー企業が低侵襲の補助人工心臓の開発を進めていますが,日本では研究が行われていないため,ぜひ,研究を進めていきたいと思っています.

人工臓器と再生医療の融合化技術の研究

チタンは従来より生体適合性に優れ,さらに骨接着性があることが知られていました.このチタンを繊維状に織ったチタンメッシュは,歯周病で欠損した歯槽骨の再生やインプラントと歯槽骨の融合など歯科分野の再生医療に応用されている唯一の金属製の人工細胞外マトリックスです.一方,チタンメッシュには,剛性と電気伝導性があるため,人工心臓の部品として使用できる可能性があります.そこで我々は,チタンメッシュを人工心臓に応用することで,再生医療技術と人工臓器技術の融合させた新しい人工心臓を考える研究をしています.

人工心臓にチタンメッシュを応用するうえでターゲットとなるのは繊維芽細胞す.線維芽細胞の誘導特性は,細胞外マトリックスの空隙の大きさと空隙率により浸潤度合いが異なり,過去の研究で平均空隙200μm程度が適しているという報告があるため,我々は,チタン繊維径50μm,平均空隙の大きさ200μm,空隙率87%のチタンメッシュを使用しています.右の図はラットの真皮にチタンメッシュを接触させた場合で,チタンメッシュは結合組織と強い接着性を示しています.

右の図は,チタンメッシュをラットの皮下に埋込み三ヶ月後に取り出し後,ホルマリンで組織を固定後にHE染色し組織標本を作り,顕微鏡で観察したものです.核が濃く染まっている炎症性細胞が多くみられ,細長い繊維芽細胞が作り出す結合組織のコラーゲンがきれいに入っています.またチタンメッシュ内で細胞が生存するのに必要な毛細血管もみられます.

我々の最初のチタンメッシュの応用として組織誘導電極を考案し,生体組織中のチタンメッシュにおけるチタンメッシュー結合組織界面の電気的特性の変化を測定しました.また,ヤギの胸腔内壁にチタンメッシュを装着し,チタンメッシュの胸腔内平気組織との組織適合性についても調べました.現在,チタンメッシュの組織適合性のさらなる向上を目指し,研究を進めています.

人工心臓患者の遠隔管理に関する研究

我が国でも心臓移植を希望し体内埋込み補助人工心臓をつけ待機する患者数が200名を超え,その半数以上は自宅で待機しています.しかし人工心臓埋込後6ヶ月間で50%の患者にトラブルが発生しています.人工心臓の停止は患者の死を意味しますので,トラブルに対する早期の対応が必要です.そこで,我々は人工心臓を装着する患者の安全確保のため,体内埋込み補助人工心臓の遠隔管理システムに関する研究をしています.携帯電話を用いた人工心臓装着患者の遠隔管理システムは,世界に先駆け東海大学が1997年に提唱しました.2014年には,米国のRelian Heart Co.が同社が開発する補助人工心臓Assist5を対象に遠隔管理システムVADLinkをヨーロッパで運用を開始しました.

人工心臓遠隔管理システムは、体内の人工心臓と対外の通信ユニットを結ぶ経皮的情報伝送システムと、患者と病院を結ぶ遠隔モニタリング部から構成します。

Medtronic社ペースメーカなどの経皮的情報伝送に電磁誘導方式を採用した遠隔管理システムを運用していますが、我々は人体に通信電流を流し有線的に通信する人体通信方式を開発しました。この方法の特徴は、電磁誘導方式のように通信コイルを胸に当てる必要がないこと、電波を使わないため他の患者との干渉がないこと、タッチしないと通信が開始されませんのでセキュリティー面で優れているなどの特徴があります。人体通信方式は、キーレスエントリーなどで体表間の通信にすでに使用されていますが、我々は体内ー体外間通信に人体通信を適用しました。右図は、ヤギを用い、世界初の人体通信による体内ー体外間通信の実験の様子です。実験は東北大学加齢医学研究所で実施しました。体内側通信ユニットを、胸腔内壁、左心室壁上、腹腔内、肛門に装着し、28日間、実験を実施したものです。7mAの通信電流を左心室に印加しましたが、心電図に変化はなく、心臓の電気生理学的に影響を与えないことを確認しました。

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